1.普通に生きる
ここで言う普通とは、大学をストレートで卒業してすぐ、内定ないしは資格を用いて社会に出て、自立すること
大学4年の夏ぐらいまで自分はそっち側だと思いながら生きてきたし、そうする能力があると思っていた。どの団体に入っても、郷に入っては郷に従えを実践することが出来ると思っていた。
実際は全部空想で、社会に出て自立する能力が齢23にして未だに備わっていなければ、団体に自分を合わせていると思っていても実はボロを出していることに今更気づいた。これまで受けてきた「天然」「不思議」「変な人」という評価に納得していなかったが、腑に落ちるようになった。経験したイベントにはすべて意味を持たせたいので、義務教育から大学までで健常者への擬態を学んだという事にしている。そういう人と同じ土俵に立ってもクソの役にも立てないので、何でもいいから自分でも勝てる、勝ちたいと思える分野を見つけて取り組み、その過程で得られたものを人生の指針とする方が幸福な人生を送れそうだという事を漸く悟った。
2.計画通りに動く
報酬系のリミッターがぶっ壊れているため、立てた計画を遂行することが出来ない。ギリギリでいつも生きていたいワケではないのにそう生きることしかできない。ポケモンをやっていない間は別の対戦ゲームに時間を費やしたし、究極やることが無ければネットサーフィンで時間を浪費する。いろいろ余裕を持った行動をするための方法を試したがこれはどうしようもないので、そういうものとして周りに受け入れてもらうことと、締め切り前の数日、数時間は集中できる環境を構築する方が全然生産性が高い。
3.全て自分でできるようになる
完璧主義で出来ないことは何でも出来るようにならないと気が済まない性格だった。小学生の頃は運動ができないことに強いコンプレックスを抱いていたし、高校では受験に不要な科目までしっかり時間を割いて勉強した。バイトは自分に足りないと思っているコミュニケーションスキルを向上させられそうな業種を選んだ。出来ないことが出来るようになることに価値を感じていたが、どうやら上手く生きるにおいて苦手分野の克服に時間を割くことはそれがマストでない限り悪手らしい。これらの経験がすべて無駄とは思っていないが、大体は苦手を克服したところでせいぜい並か並に毛が生えた程度にしかならないので、それであれば自分の長所に磨きをかけたほうが予後の良い人生を送れることに初めて気づいた。
4.恋愛
自己肯定感がここまで低いと相手を思いやる余裕があるわけもない。客観的に自分を彼氏にして良いことがあるとも思わず、自分と遺伝子を共有する個体のことを愛せる確証もないので撤退することにした。今恋人が欲しいとは思わないし、クリスマスのカップルを見て心が微動だにしない自分に対して驚いたが、恋愛を経験してこなかったことはずっと引きずっており、振り返れば付き合えそうだったタイミングを悉く逃した過去の自分を呪っている。
初恋は高校生の時だが、当時も今同様自分のことが嫌いだったので、思いを打ち明けることもなく、友人関係のまま卒業まで行った。一度一緒にバンドで曲を演奏してほしいとお願いされたときには自己肯定感が地底だったので長文で断った。責められなかった。本当に優しい子だと思った。
その後も成人式で写真を撮ったり帰省するタイミングでデートをしたりして、その時にインスタを交換したが、気づいたらフォローリストから消えていた。こちらに原因があるとすれば5年間ぐらいずっと思わせぶりな態度を取り続けてきたことに違いなく、これについて謝りたいとはずっと思っているが、謝れば謝ったで彼女にとって自分の存在がそれほど大きいと思っていることになり、それはそれでものすごく傲慢な考え方だと思うので実行できていない。ついでに謝ったところで今の精神状態で付き合ってほしいとはとても言えない。
恋愛は適度な自己肯定感を持っていて精神面で健全な個体の特権で、中途半端なことしかできないなら人を傷つける結果にもなりかねないのでやめたほうがいいと今では強く思う。
こういった諦観にたどり着いたこと自体は別に悪いこととは思っておらず、効率面で言うと最悪にも程があるような人生を送ってきたが漸く自分らしく生きるためにはどうすればよいのかの答えがやっと見えてきたような気がする。